【エッセイ】個性は「動詞」で表すと、しっくりくる?

最近、「子どもを動かす動詞~今日から家庭でできる進路さがし~(日本心理療法協会代表理事椎名雄一著、学びリンク)」という本を読んだ。

子どもに進路の話をするときは、看護師や総務、とか職業の「名詞」で話すのでは無く、「助ける」や「集める」といった、「動詞」で語ると良いよ、という話。

一見、ゲームばかりしている子でも、よく観察すると、ゲームの中で「助ける」や「集める」をしており、それが好きだからやっている訳で。その子が、自分でしっくりくる「動詞」を見つけることが進路を考える際に役立つよ、ということだった。

翻って、大人でも、そういうことなのでは無いだろうかと思った。人生100年時代、自分がどういう人間なのかを把握することは、行動選択の基準として重要であるが、その際に「動詞」で考えるというのは、良い方法なのではないだろうか。

職業や趣味の名詞より、動詞というか、行動で考えた方が、しっくりくる気がする。

私も、この年になってから自分探しをしているが、自分はどういう人間なのだろう、というのは大きな疑問というか、それを見つけることが大きな課題だと思っていた。

そこへ来て、この本を読んでピンと来た。そうだ、自分の固有スキルは「和む」ではないのか、と。

何となく、本当になりたい自分は、社会に役立つ人間かなあ、と思っていたが、そうではない、思い返すと、子どもの頃は一人でボーッとするような人間だった。一人で心地よい場所や行動を探すような、「和む」人間であった。

全く生産性というか、社会に益がないような個性だなあ、と思うが、まあ、そういう人間なのだから仕方が無い。自分が和むことで周囲も和ませることができる、とか、無理やり、そういうことで納得しようと思う。

あなたが自分で納得できる、適切な「動詞」は何だろうか。

コメント

コメントを残す